2026/07/09 光岡眞里の「あゆみ」メールマガジン【助けられた人が、助ける人になる】

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光岡眞里の「あゆみ」メールマガジン今日も元気にパワフルに!
作者:光岡眞里 2026年07月09日号 VOL.800
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昨日、地域づくりの一環として「AIスマホ講座」をひらいた。
おかげさまで満員御礼。
高齢者といえど、AIへの関心は高い。
支える側のサポーターが十人、受講する側も十人。
その境目はほとんど無いに等しい。

少しスマホに詳しい人が、隣の人にどんどん教えていく。
受付も資料配りも、早く来られた方から回す。

参加者は全員七十歳以上。八十を超えた方もいらっしゃる。
講座が始まれば全員が真剣で、これは通いの場で使える!と意気揚々だった。

支える人と支えられる人に、違いはほぼない。
年齢は、関係ない。

最近読んだ論文に似た光景があった。
横浜に暮らす外国から来た人たち十人に、話を聞いたという研究だ。
来日したばかりの頃は言葉もわからず、子育てをはじめ、まわりに助けてもらうばかりで、いわば「お客さん」だった。
その人たちが、やがてボランティアで通訳をしたり、自分の国のことを紹介したりして、いつのまにか助ける側に回っていった。そんな話だ。
その移り変わりを丁寧に追った論文だった。

読みながら、これは自分がずっと見てきた光景と同じだと思った。
介護予防の現場でも、昨日の講座でも、まったく同じことが起きている。
最初は教わるばかりだった人が、少し慣れると、隣の人に「こうするのよ」と教えている。
支えられていた人が、いつのまにか支える人になっている。

論文のなかで一番心に残ったのは、ある協力者の言葉だった。
外国人だから助けてもらうのではなく、お互いに助け合える関係が築けたらいい、と。

まさに、おたがいさま。

私がこの仕事で一番大事だと思っていることを、遠い分野の研究がまったく別の言葉で言い当てていた。
助けられた記憶があること。そばで声をかけてくれる人がいること。
気軽に立ち寄れる場所があること。
この三つがそろうと、人は受け身から抜け出していく。

助けられた経験のある人ほど、今度は誰かを助けたくなるのだと思う。
私たちは「支援される側」と「支援する側」を、はじめから分けて考えていないだろうか。
制度も書類も、どちらかに丸をつけさせる。
けれど本当は、その線はもっとあいまいでいい。

同じ人が、ある日はお客さんで、別の日は担い手になる。
行ったり来たりできることが、たぶん一番健やかなのだ。

ただ、私の仕事でいうと、人は最期にはどうしても支えてもらう側になる。
それは、親を見送ったのと同じ順繰りだ。

だから、元気なうちに支えたり支えられたりを何度も行き来しておく。
その積み重ねが、たぶん介護予防なのだと思う。

おわり。
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★ウェルビーイング学会 ジャーナル創刊号『Journal of Wellbeing』に執筆者として掲載されました。
https://society-of-wellbeing.jp/journal/
★国際学術誌「Gerontechnology」に研究論文が掲載されました!
https://journal.gerontechnology.org/currentIssueContent.aspx?aid=3618
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