2025/08/07 光岡眞里の「あゆみ」メールマガジン【”おたがいさま”はDNAに刻まれている】

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光岡眞里の「あゆみ」メールマガジン今日も元気にパワフルに!
作者:光岡眞里 2025年08月07日号 VOL.752
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日本人は「ボランティア後進国」と言われることが多い。
内閣府の令和元年調査では、年間でボランティア活動に参加していると答えた人は約26.3%。
一方、アメリカではその割合はおよそ50%に達する(Volunteering in America, CNCS, 2018)。

数字だけ見れば、確かに「遅れている」と言えるのかもしれない。
だが、本当にそうだろうか。

この国には、“おたがいさま”の精神が息づいている。
災害時、列を乱さず並び、見知らぬ人に毛布を差し出す姿。
農村や町内会では、今も当たり前のように「持ち寄り」「助け合い」が日常に溶け込んでいる。

こうした助け合いは、制度や組織の枠を超えて、ふとした瞬間に自然と立ち上がる。
それは義務ではなく、しみついた感覚のようなものだ。
困っている人を見たら、黙って手を差し伸べる。
DNAに刻まれた、この国独自の“自発的善意”がそこにはある。

では、ボランティアは一時的な善意で終わるものなのか。
答えは、否だ。

Musick & Wilson(2003)は、ボランティア活動が人の幸福感や人生の意味、自尊心を高めると報告している。
Piliavin & Siegl(2007)によると、定期的なボランティアはうつ症状を和らげ、特に高齢者において健康寿命を延ばすという。

つまり、ボランティアは“与える行為”であると同時に、深く“受け取る行為”でもある。
続けることで人生を再構築し、意味づけ、豊かにする。
それは、もはや「活動」ではなく、「生き方」そのものなのだ。

世界に目を向ければ、ボランティアは社会参加の証であり、キャリア形成の一部として捉えられている。
ヨーロッパでは義務教育に地域奉仕が組み込まれ、アメリカでは大学入試においてボランティア歴が重視される。
個人の信条や行動力が社会の評価につながる構造が、制度として確立されている。

しかし、日本には世界に誇れる“静かな志”がある。
誰にも知られず、名前も残さず、ただそこに在る“やさしさの実践”。

それは目立たないかもしれない。
けれど、確かに人の心を支え、社会を静かに耕している。

この国のボランティアは、見えないところで、確かな光を放っている。
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