2025/12/25 光岡眞里の「あゆみ」メールマガジン【能楽堂のキャンドル】

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光岡眞里の「あゆみ」メールマガジン今日も元気にパワフルに!
作者:光岡眞里 2025年12月25日号 VOL.772
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先日、大濠公園能楽堂を訪れた。
この場所に足を運ぶのは二度目だが、「能」を観たわけではない。前回はシェイクスピアの『マクベス』、そして今回は、数千本のキャンドルに埋め尽くされた「久石譲のテーマ音楽」の管弦楽コンサートだ。
伝統芸能の聖域である能舞台が、洋楽器の調べと幻想的なLEDの光に支配されている。その和洋折衷のコントラストは、SNSのタイムラインで流れてくる広告以上に、実物としての圧倒的な没入感を持っていた。
演奏が始まり、ジブリ映画の楽曲が響き出す。
耳に飛び込んでくる旋律と共に、子育てに奔走していた当時の景色が、まるで走馬灯のように頭の中を駆け巡った。子供たちと並んで画面を食い入るように見つめたリビングの空気、幼い声、あの頃の暮らし。
音楽そのものへの感動以上に、自分の中に眠っていた「記憶のアーカイブ」を、キャンドルの灯火が静かに解凍していくような、不思議で感慨深い時間だった。

それにしても、この興行を仕掛けるスペイン発の企業「Fever」のビジネスモデルは実に見事だ。
会場は満席。あえて超一流のスター奏者を起用せず、演出と選曲、そして「能楽堂」という場所の価値を最大限に転用することで、高すぎない価格設定とビジネスとしての収益性を両立させている。
場所を提供する施設側、演奏機会を求める音楽家、そして日常の中で「非日常」を渇望する観客。Instagramの広告に導かれて集まった人々が、この幻想的な空間でそれぞれのWin-Winを享受している。デジタルマーケティングの力で、伝統的な空間に新たな息吹を吹き込むその手腕は、極めて現代的で合理的だと思った。
コンサートの次の日、メールが届く。

「企業向け&社内向けイベントを特別な演出で盛り上げませんか?貸切のコンサートで顧客様やパートナー企業、従業員の皆さんに素敵なサプライズを」

なるほど。

能舞台という厳かな空間。揺らめく5000個の光の海。そして、あの夏、子供たちと一緒に聴いたメロディ。

合理的なビジネスの枠組みの中で、私は確かに、自分だけの極めて個人的な時間旅行ができた。
そんな豊かな「余白」を売る商売があるのだと、心地よい余韻と共に年の暮れを迎えた。

おわり。
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